この記事の要点
仲介業者が負う説明義務を考えるうえで、「その情報を知っていたか、または容易に知り得たか」は大きな判断材料になります。すでに把握していた情報や、具体的な事情から確認すべきだった情報を伝えなかった場合、仲介業者に法的責任が生じることがあります。一方で、通常の調査では把握できない専門的な規制まで、義務が及ばないと判断された裁判例もあります。
店舗や事務所の賃貸仲介をしていると、「この業種で営業できますか」という質問に、感覚で答えてしまいそうになる場面があります。
私は2015年から不動産仲介に携わり、オフィス専門の仲介会社で事務所・店舗仲介を中心に経験してきました。 現在は独立し、賃貸仲介へ参入する会社の立ち上げ支援も行っています。 これまでの経歴は プロフィール にまとめています。
契約前に確認すべき項目は 住宅仲介をしながら店舗の相談を受けたときに気をつけたいこと|確認すべき7項目 で紹介しました。この記事では一歩踏み込んで、その確認を怠った場合に仲介業者がどこまで法的責任を問われるのかを、実際の裁判例をもとに整理します。
この記事で紹介すること
- 説明義務を分ける判断材料になる「容易に知り得たか」
- 裁判例①|焼肉店が営業できない可能性を伝えず、855万円余の責任が認められた事例
- 裁判例②|検査済証がないことを伝えなかった仲介業者の責任が認められた事例
- 裁判例③|特殊な消防規制を容易に知り得なかったとして、説明義務が否定された事例
- 管理会社・貸主の「大丈夫」を鵜呑みにせず、専門家を入れる理由
説明義務を分ける判断材料になる「容易に知り得たか」
宅地建物取引業法35条に列挙されている事項だけを説明すれば、必ず責任を果たしたことになるわけではありません。裁判例では、借主の使用目的を知っており、その目的では使用できないことや、法律上・事実上の障害があることを容易に知り得る場合には、35条の列記事項に該当するかどうかにかかわらず、説明義務を負うことがあるとされています。
逆に言えば、通常の調査では知り得なかった事項まで、仲介業者が責任を問われるわけではありません。専門的な公法上の規制をすべて見抜くことまでは求められていないということです。
ここから、この線引きがどう判断されたか、店舗・事務所仲介に関わる3つの裁判例で見ていきます。なお、定期借家契約の固有の説明義務(借地借家法38条の事前説明)は、 定期借家契約の説明義務|経験者がいないと見落としがちな「38条書面」の落とし穴 で扱っています。
裁判例①|焼肉店が営業できない可能性を伝えず、855万円余の責任が認められた事例
東京地裁令和3年8月25日判決の事案です。借主は、マンション1階の店舗部分を焼肉店として使う目的で、仲介業者の媒介により賃貸借契約を締結しました。
このマンションの管理規約・使用細則には、臭気やおびただしい煙を発生する業種(焼肉店がその例として挙げられていました)の営業を禁止する規定がありましたが、契約締結時にその内容は借主に説明されていませんでした。
借主が内装工事を始めたところ、管理組合から焼肉店営業は認められないとして工事の中止を求められ、結局、営業は事実上不可能と判断して契約を解除するに至りました。
裁判所は、管理規約・使用細則に焼肉店を例示した禁止規定があったことに加え、仲介業者の担当者が、隣接する建物で焼鳥屋の出店が煙を理由に認められなかった経緯も把握していたことを踏まえ、焼肉店を出店できない可能性が高いことを借主へ説明する義務があったと判断しました。仲介業者と貸主に対し、内装工事費や原状回復費用など855万円余りの賠償を命じています。
この事例が示しているのは、管理規約の条文だけでなく、管理組合の運用実態まで把握していた場合は、それを伝える義務が生じるということです。
裁判例②|検査済証がないことを伝えなかった仲介業者の責任が認められた事例
東京地裁平成28年3月10日判決の事案です。介護事業者が、建物1階の店舗部分を介護施設として使う目的で賃貸借契約を締結しましたが、この建物には検査済証が交付されていませんでした。
検査済証がないと、用途変更の確認申請ができず、介護施設としての開業に必要な手続きが進められません。借主はこれを内装工事の完了後に把握し、貸主と仲介業者2社に対して損害賠償を求めました。
裁判所が特に問題視したのは、仲介業者の一方が、同じ目的で物件を探していた別の借主希望者から、検査済証がないことを理由に契約を見送られていた経緯を把握していながら、今回の借主にはそれを伝えていなかった点です。仲介業者であれば、用途変更に検査済証が必要になることは基本的な知識であり、その知識がなかったとしても、疑問を持って調査する義務があったと判断されました。
最終的に、借主にも用途変更の手続きを後回しにした過失が3割あるとしたうえで、媒介業者2社について、支払済賃料や内装工事費用など3,199万円余りの支払義務が認められました。両社の支払義務は、それぞれが全額について責任を負う関係(不真正連帯債務)にあるとされています。
裁判例③|特殊な消防規制を容易に知り得なかったとして、説明義務が否定された事例
一方で、仲介業者の説明義務が否定された裁判例もあります。東京地裁令和元年7月4日判決の事案です。障害福祉サービス事業者が、貸主の所有する共同住宅の1室を、事業所として使う目的で賃貸借契約を締結しました。この契約には、貸主の代理人として宅建業者が関与していました。
入居後、借主が消防署に防火対象物使用開始届出書を提出したところ、この建物は「開放廊下型共同住宅」として一部の消防用設備の設置が免除されていたが、事業所としての入居により建物の用途が「複合用途対象物」に変わり、この特例が適用されなくなるため、建物全体に自動火災報知設備を設置しなければ事業所としての利用が認められないことが判明しました。借主は貸主に設備の設置を求めましたが、500万円前後の費用がかかるとして拒否され、契約を解除して退去したうえで、貸主と宅建業者に損害賠償を求めました。
裁判所は、宅建業者が、契約当時この建物が共同住宅特例によって設備を免除された建物であるとまでは認識しておらず、借主からも消防法の規制について言及されたことがなく、調査のきっかけとなる事情もなかったことから、「あらゆる公法上の規制等を調査確認する義務があるとまではいえない」として、説明義務違反を認めませんでした。借主の請求はすべて棄却されています。
この事例から分かるのは、宅建業者であっても、借主から特に言及もなく、契約の交渉過程でも話題にならなかった専門的な規制まで、自発的に調査する義務は負わないということです。だからこそ、借主自身にも、契約前に専門家へ確認するよう促すことが重要になります。
管理会社・貸主の「大丈夫」を鵜呑みにせず、専門家を入れる理由
私は、業種の可否が絡む案件では、借主側にも早い段階で内装業者や建築士へ相談してもらいます。必要に応じて、建築計画概要書、確認済証・検査済証、既存図面などの資料をそろえ、建築士や行政の担当部署にも確認してもらいます。消防設備について判断が必要な場合は、所轄消防署にも確認します。
ただ、経験の浅い担当者や、こうした案件を扱ったことがない担当者ほど、管理会社に「この業種で大丈夫ですか」と聞き、「大丈夫です」という回答だけでそのまま契約に進めてしまうことがあります。管理会社自身が管理規約の内容を正確に把握していないケースも珍しくなく、入居届を提出した段階で初めて業種を断られた、という話も周囲で起きています。区分所有で管理組合がある物件は、特に注意が必要です。
私は、管理規約そのものを契約前に管理会社から取り寄せるようにしています。口頭での確認だけに頼らないためです。
借主側にも、同じ傾向があります。「ここで飲食は大丈夫ですよね」という程度の確認で契約に進んでしまう方が少なくありません。設備の確認や建物用途の確認までは行わず、内装工事が始まってから問題が表面化するケースもあります。
貸主からも、「前に飲食店が入っていたから大丈夫でしょう」「前に就労支援の会社が入っていたから大丈夫でしょう」と、過去の実績をもとに軽く言われることがあります。ただ、法令・条例や行政の運用が変わっている場合もあり、以前と同じ条件で営業できるとは限りません。過去の実績をそのまま鵜呑みにせず、借主が希望する業種で営業できるかを、できる限り確認する必要があります。
管理会社や貸主の言葉をそのまま伝えるだけでは、この記事で紹介した裁判例のように、仲介業者自身が責任を問われることがあります。建築士、所轄消防署、行政の建築担当部署など、確認内容に応じた専門家・行政窓口へ確認する一手間が欠かせません。
説明義務の範囲についてよくある質問
管理会社が「大丈夫」と言えば、仲介業者の説明義務は果たしたことになりますか?
それだけでは十分とはいえません。管理会社や貸主が把握していない運用実態が、後から問題になることがあります。可能であれば管理規約そのものを取り寄せ、内容を確認したうえで伝える必要があります。
管理規約に業種の制限が書かれていなければ、確認は不要ですか?
不要とは言い切れません。規約に具体的な禁止の記載がなくても、管理組合の運用実態(近い業種が過去に断られた経緯など)を知っていれば、それを伝える義務があると判断された裁判例があります。書面の記載だけでなく、運用面も確認したほうが安全です。
借主が「内装業者に確認します」と言えば、仲介業者は何もしなくていいですか?
借主に任せきりにはしないほうがいいです。借主自身は設備や建物用途の確認まで意識していないことが多く、内装工事が始まってから問題が表面化するケースがあります。私は、内装業者や建築士に相談してもらい、建築計画概要書や検査済証などを確認したうえで契約に進めるようにしています。
貸主から「前に同じ業種が入っていたから大丈夫」と言われた場合はどうすればいいですか?
過去の実績をそのまま鵜呑みにしないほうがいいです。法令・条例や行政の運用が変わっている場合もあり、以前と同じ条件で営業できるとは限りません。できる限り、現時点での確認を行う必要があります。
用途変更や消防法の確認は誰に依頼すればいいですか?
用途変更が必要かどうかは、建築計画概要書などを確認したうえで、行政の建築担当部署や建築士へ確認します。消防法上の規制や必要設備については、所轄消防署へ事前に確認します。必要に応じて建築士や消防設備士にも相談します。契約前の確認項目は 住宅仲介をしながら店舗の相談を受けたときに気をつけたいこと でも紹介しています。
「知っていた・容易に知り得た」は、仲介業者の責任を考える判断材料
仲介業者の説明義務は、契約書や重要事項説明書に何を書いたかだけでなく、容易に知り得た情報を伝えたかどうかで判断されます。管理規約の運用実態や検査済証の有無を把握していながら伝えなければ、仲介業者自身が責任を問われることがあります。
一方で、専門的な公法上の規制まですべて見抜くことは求められていません。だからこそ、管理会社や貸主の言葉をそのまま伝えるのではなく、建築士や所轄消防署など、確認内容に応じた専門家・行政窓口に確認してもらう一手間が、借主とのトラブルだけでなく、仲介業者自身を守ることにもつながります。
賃貸仲介の伴走支援 では、こうした契約前の確認体制づくりも一緒に整理しています。
事業用物件の説明義務・確認体制に不安がある方へ
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