この記事の要点
定期借家契約は、借地借家法38条が定める「事前説明」を貸主、または貸主から委任を受けた代理人が行わなければ、「更新なし」の特約自体が無効になります。 私が相談や契約書類の確認をする中でも、「重要事項説明書で説明すれば足りる」と考えられているケースがあります。 良い物件さえ見つかれば契約は簡単だと思われがちですが、この手続きを怠ったために、契約後に大きなトラブルへ発展した裁判例があります。
定期借家契約のトラブルについて相談を受けるとき、相談元は仲介会社より貸主であることが多くあります。
私は2015年から不動産仲介に携わり、オフィス専門の仲介会社で事務所・店舗の仲介を数多く経験してきました。 現在は独立し、これから賃貸仲介を扱う方への伴走支援を行っています。 これまでの経歴は プロフィール にまとめています。
店舗の営業可否をめぐる裁判例は 店舗仲介で気をつけたいこと|契約前の確認事項と未経験で始めるリスク で書きましたが、この記事では、定期借家契約の事前説明義務について、2つの裁判例をもとに書きます。
この記事で紹介すること
- 定期借家契約の「事前説明」とは何か、なぜ軽視されやすいのか
- 裁判例①|特殊な契約タイミングでも事前説明が有効とされた事例
- 裁判例②|「重説をすれば足りる」と思い込み、媒介業者に776万円の賠償
- 相談は貸主から来ることが多い|問題が起きたときにどうするか
定期借家契約の「事前説明」とは何か、なぜ軽視されやすいのか
定期借家契約を結ぶには、借地借家法38条にもとづき、契約の締結に先立って、貸主が借主に対し、契約の更新がなく期間の満了により終了することを記載した書面を交付して説明する必要があります。現在は、借主の承諾など所定の手続きを踏めば、書面の交付に代えて電磁的方法で提供することもできます。
なお、2022年5月の法改正により、現在この事前説明は借地借家法38条3項に規定されています。この記事で紹介する過去の裁判例では、改正前の38条2項として記載されています。
これを怠ると、「更新がない」という定めが無効となり、期間満了だけでは終了しない普通建物賃貸借として扱われることになります。
私が契約書類の確認や相談を受ける中では、住宅仲介が中心だった方や、売買を中心に扱ってきた方が、38条の事前説明と重要事項説明を混同しているケースがあります。
ここで注意したいのは、契約書に「定期建物賃貸借であり、更新がない」と記載しておけば足りるわけではないことです。
最高裁平成24年9月13日判決では、借主自身が更新のない契約だと認識していたとしても、事前説明書面は契約書とは別個独立の書面である必要があると判断されています。
定期借家であることは契約書や重要事項説明書に書かれていても、38条の事前説明がどの立場で、いつ行われたのか分かりにくいケースもあります。
裁判例①|特殊な契約タイミングでも事前説明が有効とされた事例
東京地裁令和3年12月23日判決(RETIO No.129)の事案です。
貸主と借主は、以前の定期借家契約の満了にともない、新たに定期借家契約を再契約しました。ところが、契約書と事前説明書面の作成日が、契約の始期(賃貸借期間の開始日)よりも後の日付になっていました。
借主は、事前説明が「あらかじめ」行われていないため、定期借家契約として有効に成立していないと主張し、契約終了後も建物の明け渡しを拒みました。
裁判所は、契約書に署名押印して契約が成立した時点よりも前に事前説明書面が交付されていたことを認め、「あらかじめ」の要件を満たすと判断しました。加えて、借主にはそれ以前にも定期借家契約に関わった経験があったことも考慮され、事前説明は有効と認められています。裁判所は借主に対し、建物の明け渡しと、賃料の倍額にあたる月110万円の損害金の支払いを命じました。
この裁判例で特に参考になるのは、「あらかじめ」が賃貸借期間の開始前ではなく、契約締結前を意味すると判断されたことです。契約の始期をすでに過ぎていても、契約が成立する前に38条書面の交付・説明が行われていれば、この要件を満たす場合があることが分かります。
裁判例②|「重説をすれば足りる」と思い込み、媒介業者に776万円の賠償
東京地判令和6年1月29日(判例タイムズ1520-73)の事案です。
貸主から定期借家契約の締結手続きを全面的に委託された媒介業者は、借主に重要事項説明書を交付・説明すれば、定期借家契約として有効になると考えていました。そのため、借地借家法38条が求める、貸主または貸主の代理人としての事前説明を行いませんでした。
契約期間満了時、貸主が契約終了を通知したところ、借主は「事前説明がなかったので、この契約は普通借家契約として扱われる」と主張し、明け渡しを拒否。訴訟の結果、契約の「更新なし」の特約は無効と判断されました。
貸主はやむなく借主と和解し、和解金850万円を支払って明け渡しを受けました。その後、貸主は媒介業者に対し、事前説明を怠った責任を問う訴訟を起こし、裁判所は媒介業者の善管注意義務違反を認め、776万円余りの賠償を命じています。
重要事項説明書に38条の事前説明を兼ねること自体は可能です。ただし、貸主から代理権を得て貸主の代理人としての立場を明確にしたうえで、国土交通省の通知に沿った手続きを踏む必要があります。手間をかけてこの手続きを厳密に守るより、38条の事前説明は重説とは別の書面で、貸主または貸主の代理人として行うほうがシンプルで、後から立場や手続きを問われる心配もありません。ここを分けずに「重説をすれば足りる」と思い込んでいるケースは、実際によく見かけます。
相談は貸主から来ることが多い|問題が起きたときにどうするか
定期借家契約のトラブルについて相談を受けるとき、相談元は仲介会社よりも貸主であることが多くあります。
管理会社に相談しても、契約の有効性や明け渡しまで含む問題になると、対応範囲外として判断が進まないケースもあります。そうしたとき、「こういう場合はどう対応するのが一番いいでしょうか」と相談されることがあります。
良い物件さえ見つかれば契約は簡単だと思われがちですが、今回の裁判例のように、契約書や重要事項説明書に必要な内容が書かれていても、38条所定の手続きを踏んでいなかったためにトラブルになることがあります。
私は、定期借家契約に慣れていない方には、契約前に一度経験者の確認を入れるよう勧めています。
定期借家契約の説明義務についてよくある質問
定期借家契約の事前説明とは何ですか?
借地借家法38条が定める手続きで、契約の締結に先立ち、貸主または貸主から委任を受けた代理人が、契約の更新がなく期間満了で終了することを、書面を交付して説明するものです。宅地建物取引業法上の重要事項説明とは別の説明義務です。ただし、所定の要件を満たせば、重要事項説明書を38条の事前説明書面と兼ねることもできます。
重要事項説明書で説明すれば、事前説明を兼ねられますか?
兼ねることは可能です。ただし、単に重要事項説明書に「定期借家」と記載して説明するだけでは足りません。貸主から事前説明の代理権を授与され、重要事項説明書に38条の事前説明を兼ねる旨を記載するなど、国土交通省通知に沿った手続きを取る必要があります。
38条の事前説明は、契約書に記載しておけば足りますか?
足りません。最高裁は、38条の事前説明書面は契約書とは別個独立の書面である必要があると判断しています。契約書とは別個独立した38条の事前説明書面を用意し、電磁的方法を利用する場合も、事前説明として提供・説明したことが分かる記録を残しておく運用が安全です。
事前説明を怠ると、どうなりますか?
「更新がない」という定めが無効となり、期間満了だけでは終了しない普通建物賃貸借として扱われます。貸主が想定していたタイミングで契約を終了できなくなり、大きなトラブルにつながります。
トラブルが起きたら、誰に相談すればいいですか?
契約前の手続きや書類の確認であれば、定期借家契約に詳しい経験者へ確認する方法があります。一方、すでに契約終了の可否や明け渡し、損害賠償について貸主・借主間で争いになっている場合は、早めに不動産分野を扱う弁護士へ相談したほうがいいです。
良い物件が見つかっても、手続きを怠ればトラブルになる
定期借家契約で「更新なし」の定めを有効にするには、書面等で契約を締結することに加え、契約前に38条所定の事前説明を行う必要があります。
経験が浅いと、この手続きを重要事項説明と混同したり、軽視したりしがちです。良い物件が見つかっても、契約時の手続きに漏れがあれば、後々大きなトラブルにつながります。
契約を結ぶ段階で、経験者の確認を一度入れておくことをおすすめします。 賃貸仲介の伴走支援 では、こうした契約前の手続きの確認も行っています。
定期借家契約の手続きに不安がある方へ
「契約前に38条書面の進め方を確認したい」 「自社の契約フローに漏れがないか確認したい」 という方は、現在の状況をお聞かせください。 初回のご相談は無料です。

